「#37 仏教の極み 本願成就文〈5〉その名号を聞け! ~ 宝の海をまるもらい」の動画を復習しました

おはようございます。

聞其名号の解説を復習して、阿弥陀仏の慈悲深さとその功徳のすごさの認識を新たにしました。

 

心穏やかに生きたいと思っていたら、
ひょんなことから仏教を学ぶことになりました。

 

「#37 仏教の極み 本願成就文〈5〉その名号を聞け! ~ 宝の海をまるもらい」の動画を再度みました。

聞其名号
 「聞」とは阿弥陀仏の直の声を頂いて、阿弥陀仏の本願に疑いの心が
  金輪際なくなること。南無阿弥陀仏という名号を阿弥陀仏から
  まるもらいしたときに疑いが晴れると理解しました。
    もらったものは疑いようがないので。


では「聞」する名号「南無阿弥陀仏」とは何か?
  これまでお釈迦様をはじめ親鸞聖人が尊敬している七高僧が説明しよう
  と試みたが、説明し切れなかった。
  
  言葉で説明しきれるものではない。
  
  最も詳しく書き残してくださったのが親鸞聖人である。
  
親鸞聖人のお言葉
  「功徳の大宝海に帰入する 不可称不可説不可思議」
     功徳は宝の大海に飛び込むようなもの
     言いようも説明の仕様もない思いもよらない功徳だった
     
蓮如上人のお言葉
   南無阿弥陀仏はたったの6文字だけだから
  「さのみ功徳あるべきものと覚えざるに
   無常甚深の功徳に利益の広大なること
   更にその極まりなきものなり」
     利益とは現在の意味と異なり、真の幸せのことです。
   
南無阿弥陀仏の名号を頂くと、
  「仏凡一体」になる。仏心と凡心が一つになる。
  仏の心と煩悩だけしかない凡心が一体となる。
  
  
  煩悩だけしかなく悪しか作れない自分のままで、仏の心と一体となることにより、  

  生きている間も死んでからも絶対の幸福になることと理解しました。

 

 


その辺を以下の私が教えを受けているサイトではわかりやすく教えています。
良ければ以下の私が学んでいるサイトを見てくださいね。
松井二郎さん、ありがとう!!

https://wrlighte.com/index.html

ではまたね~!